「叱る」





今後あり得そうな事案だと思って記事を読んでいた。


会社で叱ったら、ぷち引きこもりになり、母親から抗議電話。

打たれ弱すぎる。引きこもって母親が抗議電話するとか恥ずかしいにも程がある。
というのが率直な感想。


叱られたことが一度もない。学級委員もし、表彰もされ、学業優秀。"自慢"の息子。


ここに大きな疑問がある。
叱られなかったことがどうして"自慢"に繋がるのだろうか。


叱られるということは恥ずかしいことでもないし、まして人権無視でもない。自分の未熟な振る舞いを指摘し叱ってくれる大人がいる環境はすなわち成長できる環境だ。

俗に言う"昭和のお母さん"は子供を他者に預けるときに「厳しくしてやってください」と一言つけていたという。それは子供が成長できる環境を整えてあげたいという親心がこもった一言。昭和のお母さんは、子供の成長には周りから叱られた方がいいと思っていた。叱ると言う行為にはある種の愛情が必要だが、その愛情が人間的成長を促し、人間関係に対する深い信頼感をもたらすことをきちんと理解していた。


今は叱るということが随分ネガティブになってしまった。
こういう事案が増えたり、叱られる側のストレス耐性があまりに低いと叱る方も臆するようになる。そうして訪れるのは浅く貧しい人間関係が蔓延る社会だ。


その流れは加速している。


それを止めるすべを僕はまだ思い付かない。



流清

Case30s Blog

同じ30代の方々と、各々にしかない体験や考えを共有することで、互いに様々な見識を深めていきたい。そんな想いで曜日で手分けしてブログを書いています。

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