美容の話と樹木希林さん

近頃、男性でも脱毛をする人が多いなと感じる。
自分の周りでも、割と当たり前のように脱毛をしたことがあるという話を聞く。
女性は8割がた、部分的にしろ全身にしろどこかしらは施術しているし
男性だとヒゲ脱毛などをやられている方が多い。

みんながつるつるすべすべになるのは素敵だけど、誰も無精髭を生やさなくなったらちょっと名残惜しくもあるだろう。

昔から女性の美容家は多かったけれど、昨今はキスマイの千賀くんのような美容男子も、りゅうちぇるやmattのような化粧男子も沢山いて
知識武装して美を追求していたりする。
断っておくが、別にディスっている訳ではない。

もはや美容に力を入れることも個性のひとつと言える時代なんだろう。

だがやり過ぎると皆同じになる。

特にKーPOPを見ていると皆同じ体型、髪型、メイクに見える(大分おばさんな発言ではあるが)。

要は「整い過ぎ」ていると特徴がなくなるのだ。

樹木希林さんは、よくそんなことを仰っていたらしい。

自分の顔がいわゆる「美人」顔ではないことを知りながらそれをアイデンティティとして大切にしていた希林さん。

だからだろうか、彼女の素のままが滲み出ている愛嬌のあるお顔はみんなから愛されていたと思うし、演技もほかの俳優では到底出せない深みのある味を醸し出されていた。

そんな希林さんが娘の内田也哉子さんに、眉毛は決していじるなと伝えていたという話を聞いた。
眉毛は個性の象徴だからそのままでいいのだと。
そして抜いたり整えたりすると、中々もとには戻らないからだという。

その話を聞いて、井上咲良さんを思い出しつつも、私もしばらく眉毛を整えなかった時期があるのだが、なんともしっくりこなくって、結局今日も平準化された眉毛を作っている。

清潔感を保つことと整え過ぎることの境界はどこだろうか。

もちろん、シミやシワが気になってどうしても自分に自信が持てないだとか、毛深いのが嫌だとか、
それぞれ沢山のボディコンプレックスはあるだろう。
歳を取ればとるほど悩みは増えもする。

そんなことを思いつつも、平準化しまくった先のそれでも平準化できない部分こそ真の個性なんじゃないかとも考える。

己のありのままの姿を愛すとは、なんと難しいことなのだろうか。

美容ブームではあるけれど、流され過ぎず、個性を潰さず、素材を活かして、自分のことをより愛せるようなセルフプロデュースをしたいと思う。  


深森

Case30s Blog

同じ30代の方々と、各々にしかない体験や考えを共有することで、互いに様々な見識を深めていきたい。そんな想いで曜日で手分けしてブログを書いています。

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